2014年6月12日木曜日

竜馬がゆく(2)若者たち〜旅と剣〜京日記

この頃になると、竜馬も江戸の土佐藩士においては年頭になってきて、若い藩士たちから慕われるようになってきましたが、ここで後の同志となる中岡慎太郎と出会います。



若者たち


土佐藩の会合で、竜馬と中岡慎太郎が出会います。まだまだ竜馬も志士として晩熟で、時代や人は動いていました。


その最大の事件が吉田松陰が米国の艦隊に対して海外渡航を企てた事件で、こちらは松蔭らが米国側に断られ、江戸の小伝馬町の牢に入れらてしまいました。


一方で井伊直弼が幕府の大老に就任して、勅許を得ずに日米通商条約を断行しようとし、結果的に断行したことで、日本の政治が激動の中に突入してしまいました。そして井伊直弼は安政の大獄で反井伊勢力の逮捕を始めた頃、竜馬は土佐へ帰郷するべく向かいました。

旅と剣


土佐へ向かう途中、公家の三条実万の家臣水原播磨介と知り合い、旅を同行することになりました。
小田原

三島

吉原

興津

岡部

掛川

桑名

桑名では千葉道場の先輩である鹿田伝兵衛の道場に立ち寄りました。宿に戻ると、藤兵衛と播磨介は出立したというので、更に西に向かい、
鈴鹿峠

水口
で播磨介と合流するも、幕吏が乗り込んできたので、竜馬は藤兵衛らに播磨介をつれて逃げるように指示し、覚悟を決めた播磨介は密書を竜馬に渡し、万が一の場合は三条家に届けてくれと言われ、播磨介は幕吏に捕まってしまいました。そして、京都に入りました。

京日記


竜馬は藤兵衛をして三条家のお田鶴様と連絡をとり、智福院で密会することになりました。



密会をした後に、お田鶴様から会いたいと連絡があり、清水寺の産寧坂にある明保野亭で待ち合わせをしようということでした。この明保野亭、産寧坂にありまして、ここを見た時は結構興奮しました。


写真もありますよ。